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子どもと暮らす日々のブログ

IT企業で働きながら子どもと夫と生活する日々を書いています。どうせなら人に役立つことも書ければと思います。

親切にされた分だけ優しくなる、わけじゃない

週末、あるイベントが開かれるのですが、そこに上司が深く関わっていて我々(弊社社員)も参加しなくちゃいけないかも??という状況です。

 

でも一切、指示がなくてまあ時間もあまりないし不参加でいいですかね?ちょっと挨拶すれば。そんなトーンで社員の間では話がついていました。

こちらから5回くらいしつこくメール(ほぼ同じ内容で)で問いかけ、やっと1通返事がもらえるという状況で、もちろんこの件では何の相談もなし。

上司とのコミュニケーションはこんなものなので慣れているのですが、心強い同僚が去ってから初めての大きめのイベント。

 

上司が本人の名義で開くイベントなのですが、いつの間にかパートナー協賛として弊社がasignされてますよ!そしていつの間にか出展者にもなってます。

 

この変化の中、メール1つ、指示1つないから、私はすぐ驚いてあたふたするんですが、ほかの同僚は知らんぷりで業務をこなしています。

振り回される私がへん??

挙げ句の果てに、前回のイベントで必要だった物などをほかの社員に聞いたら、「当日でも準備なんてできるし」と言われました。用意する物が千枚単位とかで全然できる気しないけど!アンタ、他人事だと思ってるからそういうこと言えるんだというのをグッとこらえて、「そうですか」と対応。

 

「そうですか」ってイヤな感じではありますが割と多用できます。

 私は善し悪しの判断はしませんが「そうであることはわかりましたよ」という合図みたいなものですね。

 

その後、上司からぽろっとメールが来たので、「準備、設営からやります」と返信したら「ヘルプ必要です!」とのこと。

なんだ、言ってよ。

 

だいたい、前もそうなのですがイベントを頻繁にやる割には要領も悪くて振り下手。

リーダーって影響力、とかいうけど、うまく人を使ってナンボ、であるとも言えると思ってます。

 

ところで、本題の親切にされた分だけ〜ってやつ。

今回のイベントのくだりでも思ったのですが、手伝う、という判断は、別に誰かに良くしてもらったからではなく、何がしかの責任感、私のなかの良識、何かが「サポートをする」という方向に傾いただけのことでした。

 

そのことが結果的に上司にとって「ありがたい提案」になったようで、それはよかったです。

 

親切とか誰かに気をかけるというのは、「人にされて初めてできるようになる」という受け身の側面だけじゃなく、自分からそれを生み出していく能動的な働きかけにすることもできるものだと思います。

 

「愛されたことがない人は愛することができない」という人がいます。愛するという壮大なテーマの中では私も本当のところは分かりませんが、何かを大事に思う、その一歩があることで関係が生まれてその関係が愛で結ばれるから、結果的に愛を知るってこともあると思います。

「ペットと人」とかね。別に犬猫が自分を最初から愛してくれないけど、一生懸命かわいがってお世話して、いつの間にか関係が築けて、両者の間に何かしら情がわくってことってあるんじゃないか、と思います。

 

ペットではまた別の項目で書けそうなことがあるのでそれはまた今度。

 

親切にされなくても、親切にする。親切にされることを求めて人に親切をしない。

 こういうことが大事だなと思います。上司との関係や会社で働いていて日々実感します。

自分が親切にしたつもりでも相手に届かないこともありますし、親切にしても忘れられることもあるけど、多分、受けた親切よりも自分が行った親切の方が身に残るので、行った時点でリワードを得ているともいえるのでは?と思います。

 

なので、出し惜しみせずに親切や優しさは示していけるようになりたいと思いますし、ビジネス部門の言う「ROI」的視点も大事ではありますが、気持ちよすぎるくらいROIで全部ばっさりされても、なんだかな〜という感じです。

 

もう30代半ばになろうとしているので、いい加減にデフォルトで親切とか寛大さとか身につけていたいもんです。


なんて思ってたら、昨夜夫とこんな会話がありました。

テレビを見ていたら、キャンプの様子が映ってて、「BBQとか後片付け大変だよね」と私が言うと、「そう?そんなの自分でやんなくていいんじゃない?」とのこと。

え?だってBBQをしたら、自分も片付けるよね?と思ったのですが、夫曰く「そんなの誰かがやるからいいんだよ」ってことらしい。

こういう人がいるからストレスがたまるんだよな、と思いますが、突き詰めるとどういう生き方をしたいか?ということにもなり、私は夫みたいなズルい人にはなりたくない、と思いました。

 

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