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子どもと暮らす日々のブログ

IT企業で働きながら子どもと夫と生活する日々を書いています。どうせなら人に役立つことも書ければと思います。

いじめとDV、問題の根は一緒

今日、立て続けに2つのニュース記事を読みました。

 

一つがこれ。

toyokeizai.net

警察統計によると、日本では今も3日に1人ずつ、妻が夫によって殺されています内閣府の調査によると、成人女性の3人に1人がDV被害を体験しており、20人に1人は、殺されそうな目にあっています

とありました。

日本の既婚者数が2012年で669.000組(厚労省)とあり、この警察庁のデータでは、検挙件数が2012年で4103件となっています。

 

だいぶ乖離がありますが相談件数はもっと多く、つまり検挙できないものもあるのでしょう。

その説明がほとんどなく「三人に一人」とはわかりにくい見出しだと思いました。もう少し数値のデータは正確に書いてもらいたいものです。東洋経済なのに(数字、得意でしょう、という思いから)。

もう一つの記事はこれ。

 

www.huffingtonpost.jp

 お決まりの学校のコメント。

学校は、担任が生徒間のトラブルを認識していたが、「双方から話を聞き、問題が大きくなることはないと判断した」と説明。校長は「このようなことが起きて 痛恨の極みだが、現段階でいじめと断定できない」と話す。学校は7日夜、保護者説明会を開いた。町教育委員会は、学校の調査結果を受けて対応を検討すると している。

 1つ目と2つ目の記事を読んだ時に真っ先に浮かんだ言葉。

「何言ってんの?」

 

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このいじめ自殺のニュースでいえば、中学2年くらいって生死の不安定さというか、生きるはかなさや死を漠然と思う年頃といえると思います。

それくらいの年齢だと、人生のスパンというのを具体的にイメージできるようになってくるというか。

たとえば、戦争ものの小説を読んで、過去の歴史を知ったり自分で調べたり、高齢の人の生活などをテレビや新聞で見たり、自分の家族にいて介護問題をふと考えたり。

 

また、大人への猜疑心もあったり、素直に心を開けなかったり、逆に挑発したりということもあると思います。

そういう年頃の子が、学校の先生がチェックする生活ノートに「死にたい」とわざわざ書くってよほどだと思います。もし、それが単に死への憧憬だったらブログかなんかに書きますわ…。

 

「いじめ」でも、誰かのものを盗んだり(窃盗罪)壊したり(器物破損)、侮辱する言葉を言ったり(侮辱罪)すれば立派な犯罪です。

 

DVの被害も同じだと思いました。「夫婦げんかだから」。

「まあまあ、仲良くね」

っていう生ぬるく、法律を軽視した、というかそれ以上に人の人権は守らなくてはならないという人権意識を著しく欠いた行為だと思うのです。

 

折りしも、ある友人から「こんなメッセージをある男性から個人的に送られてきて困っている。私が悪いのだろうか」と相談を受けました。

そのメッセージの内容はFacebookで自分の行動を監視されているような気持ち悪いものでした。

 

「そっこーブロックだよ」と伝えましたが、たとえば大学のサークル、同じ会社、親戚…そのコミュニティというか、輪の調和を乱すんじゃないかと思ってブロックしづらかったり「それをすることは倫理違反かな」と被害者の良心は思うわけですが、犯罪、もしくは犯罪まがいのことがあればすみやかに抗議して、それでもやめなければしかるべきところに訴える(裁判までは行かなくても信頼できる人にいうとか)ことで、解決が早まるという気がします。

 

DVの話の中で、母子の保護シェルターの話が出ていましたが、女性と子どものための施設は夫が戦死したとか米兵の子どもを身ごもって家族にも絶縁されたとか、いろいろな事情によって母子だけで生活していくことが困難な人たちのために作られました。

 

今はその役割を変えているのに行政は追いつけていません。それに、なんとなくイメージがないというか。保育園とか介護施設とかはある程度雰囲気が想像つくけど、母子支援センターはそのイメージも湧かないから、「良いのか悪いのか、また嫌な思いしたり縛られるのではないか」と考える人もいるようです。

 

プライバシーの観点からそういった施設に関する情報はほとんど明かされませんが、子どもと母親の安全を守るためのものということがもっと知られる必要があると思いました。

 

行政もそのことは百も承知だと思いますが、なかなか変わらないのが実情です。

いじめやDVはケンカではなく暴力です。

 

被害者自身が、「私はそういう風に貶められるいわれはない」と自分の尊厳を持って、本当に自分を愛する行動がとれますようにと思います。

 

ちなみに。

昨日書いた、育休退園の問題の後に、友達が「子どもが誰といると幸せかなんて、第三者にいわれる筋合いはないと思った」と書いており、あまり好きな言葉ではないけどまさに神対応!って思いました。