子どもと暮らす日々のブログ

病院で働きながら子どもと生活する日々を書いています。

保育園は誰のもの? 子どもは誰のもの?

結婚式以来、会っていなかった友人と2年ぶりに会いました。

彼女も子どもがいて、まさかお互いママ姿で会うとは。

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中学1年以来の仲良しです。

けんかもしたし、意見も違ったし、それでも尊敬していて本当にステキな人で、久しぶりに会って良い時間でした。

そんな彼女はもう12年も今の会社で働いていて、今回の育休で初の長期休暇。

現在7ヶ月のお子さんがいますが、この4月のタイミングでの復帰は考えていなかったとのこと。

 

管理職にまでなるほど職場でも期待値の高い女性なのでちょっと意外でもありましたが、それもまた彼女の選択。旦那さんも遅くまで働く人とのことでライフスタイルとしても子どもを預けるのは今は現実的じゃないんだろうなと思います。

 

つくづく日本は「子育て=女性がするもの」「出産=母性の目覚め」っていうステレオタイプが横行してるよね、という話になりました。

子どもが幼くして保育園に預けられてかわいそう、寂しい・・・なんてことは夫家族のきょうだいだか義理の母親だかにいわれたことがありました。気にしないので忘れちゃったんですけどね。

 

私からしたら、私と一日中いる方が子どもにとってはストレスかもしれないって思っています。

自分自身を過信できればいいのかもしれないですが、ごはんだって遊びだって私は子どもに常にベストを尽くせるとはどうしても思えないし。

 

友達のように、今は保育園のタイミングじゃないと見送った人でもふと預けたい時があって24時間の子育てから解放されたい、といってました。

すごくすごくわかります。

もちろん高いお金を払えば一時保育だってあるんですが1時間1000円とか出してまででもないし、一時保育のための準備もまた一苦労だし、だったらそれほどじゃないから我慢する、となります。

 

今は保育園=ワーキングマザー、ファザーのためとなっています。両親とも働いて、しかもフルタイムとかで働いていないと選考に漏れたり。

でも、保育園て本来すべての子どもと親のためのものであってもいいんじゃないかと強く思っています。

 

保育園と幼稚園では教わることが違います。特質も違うし、日本でも管轄が違うことからもそれは明確です。

だから、親の選択として保育園があり、幼稚園がある。子どもの環境としてそれぞれあるということが大事なわけで、親の状況で最初から選択肢がどっちかになってる今の状況っていびつなんじゃないかと思ったりします。

もちろん、幼稚園というのは時間も短いし、その意味で私のような働き方をしていると預けられないというのはありますが、すくなくとも専業主婦だって子どもを保育園に預けることができてもいいんじゃないか?と。

 

子どもは親のものでないからこそ、いろんな人にであって、いろんなことを感じて育ってほしいなと思います。親はその「いろんな経験をしていく子ども」を見守って促して、励ましたり共感したり、戒めたりする役割なのかなと思っています。

そこには親しか言ってくれないことや親だから言ってしまう言葉もあると思いますし、どうしたって親の子どもへの影響力はとても強いですが、「パパはこう言ったけど先生はこう話してくれた。おばあちゃんはこうやって言ってた」といろんな人との関わりの中で考え方の違いや感覚の違いを知って「自分はどうか」ということを考えるようになってくれたらいいなと考えています。

以前、上司が「子どもを小さいうちから保育園やシッターに預けると子どもが社会化される」と言っていましたが本当にそうだろうなと思います。

 

専業主婦だろうが、働いていようが、子どもって社会の未来でもあるし、結局は誰のものでもないから、もっとゆるく担い合っていければいいなぁって思ったりします。

親としての責任はもちろんあるし、責任の所在は親なんだけどその周辺にはいろいろな関わりがあると社会がもう少しだけ生きやすくなるかなぁという気がします。それは子育てだけじゃなく、介護も全く同じに思えます。