子どもと暮らす日々のブログ

病院で働きながら子どもと生活する日々を書いています。

自分の癖を知る。

一日を振り返ってみました。

住んでる場所が東京のせいか、外に一歩出ると必ず誰か人がいて、電車に乗ると社会的距離も保てないほどに近くなるので、自然と防衛というか、ぶつからないようにとか近寄らないようにとか注意しています。

 

職場では、もうみんな2年近く一緒に働いたり3年以上一緒の人もいて、それなりに仕事しやすい人間関係です。

 

帰りに保育園にお迎えに行くと、先生や他児童のお母さんがいて、ワサワサとした中で帰りますが、保育園を出ると「やっと呼吸ができる!」という感じでなぜかいつも息苦しく感じてしまいます。

 

そして家ではできてないこと、やらなくちゃいけないことがアレもこれもと目につきます。でも、まあ掃除とか洗濯とか日常に追われてできないんですけどね。

 

そういう一日の中で、自分がどんなふうにものをみてるかを改めて考えました。

 

1.わりと悪いことが目につきやすい

良くも悪くも、いろいろと気がつきます。

たとえば、ホームや駅の構内で座っている人に気づき、毎度毎度「あ、キタナイ」と思ってしまいます。ジャッジしてるつもりはないんですが、現にホコリだらけの場所で座ってるから汚いなと思う自分がいます。

スーパーに行けば、なぜかホコリばかり目について・・・。

 

2.仕事ではやたらポジティブ

これもすごくフシギです。最初に入社した会社で編集者になった時にジェットコースターを下るように、「あんたなんか編集に向いてない」「なんであなたを採用したのか部長に言います。おりてもらいますから」といわれて、現に入社3ヶ月ちょっとで干された身なので「私、できない人」という認識は強くあります。

 

だけど、その後に記者になった時に、幸いにも「よかったよ」と言っていただくことがあり、そういううれしい褒め言葉がちょっとずつ重なったり、いろいろありつつ「大丈夫」と思える自分がいます。

私はできると言う大丈夫じゃなくて、力をあわせれば何とかなるんだよと言う大丈夫感。

 

3.だけどやっぱり家ではオフ

家ではこの「できる」感がゼロです。特に苦手な整理整頓。

片付けても1時間後にはいろいろ出てきてしまい、結局先延ばし。

こういうだらしなさが次、次とつながって詰めの甘さにつながっています。ちなみに夫に対しても「そこに置くと汚い」とか「洗ったばかりのタオルにコートが触れた」とかでものすごい不快な気分になって洗い直しして、喧嘩になったり。

 

今の社会福祉の勉強もカウンセリングの勉強も「人にはさまざまな面がある」ということを学ぶ機会で、そのこと自体はすごくわかるのですが、こと、衛生観念に対する見方が私の情報の8割くらいを占めちゃってる気がします。

 

だから、いい人でも不衛生だと本当につらいし、多少苦手と思っても清潔感があると嫌悪感はないので、こういうのを潔癖症というのでしょうか。

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ちょっと汚れるとすぐ手を洗いたくなるから掃除とか台所仕事では手を洗ってばかりだなぁ。