母子手帳とか父子手帳とか親子手帳とか。
ネットでちょっとした話題になってるらしい。
母子手帳っていうネーミングはどうなのか、みたいな話が発端らしい。
その方の発信は良いも悪いもなく「そういう風に思い至る人もいるのか」という開眼だった。
母子健康法に定められたもので正式名称は「母子健康手帳」っていうんだよということは、社福の勉強をしているときに知って、何気なく受け取っていたけどきちんと法的根拠があって、さすが統治国家というのは緻密に作られているんだなと感心した。
妊娠は一人ではできないし、妊娠期に女性が背負う重さ(流産するんじゃないかという不安や自分じゃない生命体がいることによるつわり、体調不良、変化などなど)をパートナーにも知ってもらうということは大事なのだろう。
だけど、母子手帳が親子手帳になって変わるかというとそこはどうなんだろう?って思ってしまった。
批判はあるだろうけど、母子健康法で母子が守られている側面はそれなりにあると思う。検診のことも、未熟児のことも、医療体制のことも、そこには定められているし、訪問指導などの対象は配偶者とも明記されていて、何もこの法律がその対象を母子に限っていないことも中を読めばわかる。
それに、いつも思う。
男女は平等である。
だけど、男性と女性は異なる。と。
妊娠をしたり出産をするのは女性だし、体の作りもそれゆえに全然違う。
当然妊娠や出産を通して大きな変化をしていくのは女性だと思う。もちろん、男性も「父になる」といううちなる変化はあるけれど、やっぱり女性は外的変化も大きくて妊娠後期には内臓が体のあちこちに散っていくので変なところが気持ち悪くなったりする。
あんなに大きい頭を体内から出すってそれなりだと思う。どんなに排便が大変でもさすがにあのサイズの直径が体から出ることはないし。
だからその変化の記録を書き留める母子手帳。そして生まれた後は子どもの成長などを記録する媒体となる。
そのことが父親を排除していることにはきっとならないし、もしもそこに排除されているという感覚を抱くのであればコミュニケーションの問題なんじゃないかという気がしてしまう。
もしも親子手帳だったらもう少し父親は育児に参加するのか。
なんかそれも違うのかなぁなんて思ってしまう。
ちなみに元夫はあんまり母子手帳に興味を持たなかったけど、どっちかというと(今でも)表面的なことにばかり興味があってやりたがって、日々の緻密なこと、時間がかかったりめんどくさいことを露骨に嫌がる人だったから、それが親子手帳でも興味持たないだろうなと思った。
結論的には、どんな名称であれ関わる人は関わるし、関わらない人は関わらない。
あと、個人的には母子健康法って大事な法律だと思うからやっぱり母子手帳がしっくりだな〜と思った。