鬼滅の刃は見ていないけど、ものすごく人気が高そうだ。
どれくらいの人気かと思ったら、娘の今年の運動会のダンス曲になっていた。
私が小学1年の頃のダンスの曲は松田聖子のストロベリーなんとかだった。ストロベリーが苺であることをその曲で教えてもらった。
今や松田聖子の曲はなかなかヒット曲として小学生のダンス曲に選ばれることもないだろうけど、時代は変わって今年は鬼滅の刃のテーマ曲。
子どもたちは華麗に踊りきっていた。
そのせいもあってか「鬼滅の刃」を連呼している。TVや街中のポスターを見るたびに下の息子まで「きめちゅ」と言っていて、子ども世界にも津々浦々と浸透していることがわかる。
肝心の私は、Twitterで作者の呟きを随分前に読んだことがあって「かたそうなタイトルの漫画が今話題なんだな」くらいの認識しかなくて、今も「あのとき読んだ呟きの人の作品がすごい勢いで流行ってるなぁ」と感心している。
読んだことはないし、娘に教えてもらって「ねずこちゃん」という人がいることを知った。
最近のTwitterには鬼滅の刃の暴力性や猟奇性から、R指定やゾーニングの問題を指摘する声も見かける。
そういうストーリーなのか。
見てないからわからないな、というのが正直なところ。
一方で、ちょっと気になるコメントもあった。
というもの。
言葉通りではないけど、概ねそういう趣旨のコメントを見かけた。
現実に75年前にあった戦争の事実・現実をアニメーションで伝えるものと、架空のストーリーを同一視したり、相対的に話題にのぼらせること自体、ナンセンスじゃないか?というのがそのコメントを見たときの最初の違和感だった。
過去にあった事実のアニメーションはある程度ストーリーがわかる年齢になったら見せたいなぁと個人的には思っている。
要は、何を伝えたかった作品なのか?自分はどう感じたか?
というのを見た感想も含めて話して思考を深めていければいいんじゃないか?と思う。
「鬼滅の刃」は架空の話だけど、そのアニメーションが伝えたい本質を見抜いていれば(見抜けるような促しや働きかけがあれば)必ずしも年齢区切って見せない/見せるではない判断基準も生まれるような気がした。
ただ、衝撃的なシーンだけを切り取ってあれこれというのは難しいなって思う。それに「火垂るの墓」の持つメッセージの普遍性・不変性は子ども大人問わず考えるべきことであると思うし。
まあ、何だかよく考えれば何もわかってないんだな。私は。