子どもと暮らす日々のブログ

病院で働きながら子どもと生活する日々を書いています。

「常識」を再度問い直す。

自分の常識=他人の常識ではない

こととか、思い込んだり勘違いが修正されないでいると、話がどんどんずれていくというのは、誰もが経験していることだと思う。

頭ではそういうことは言われたりもするし、経験もするからわかっている。

数ヶ月前にも常識について書いていた。

 

hopeforchildren.hatenablog.comだけど、また常識にとらわれてしまっていたと反省したことがあった。

Aさん(男性患者)は嚥下障害があるために嚥下の訓練をしているのだけど、歯が欠けていて口にした食べ物をすりつぶすことができないでいる。

「義歯作成しましょうか」という先生の提案を断固拒否。

「入れ歯があると、ご飯を咀嚼できるし今みたいなゼリーからもう少し形のあるものも食べられるんですよ」

「絶対いや!!」

とのことで、せっかく食形態アップできるのにもったいないねと話していた。

 

翌日、またも先生が「本当に作らないの?何が嫌なの?」と聞いたところ、

「だって丈夫な歯を抜きたくないし」とのこと。

 

入れ歯=総入れ歯のイメージしかなく、部分的に歯を作れるとは思い至っていなかった。

同じ言葉を使い、(ここでいうと「入れ歯」というキーワード)状況理解も一致しているにもかかわらず、「どうしてそういうことになるんだろう」の「どうして」の中には、こういう誤解というか相手の思い込みもあるし、翻って言えば伝えるこちら側にも「相手はこういうことを理解してるはず」という思い込みがある。

 

今回は幸いにも行き違ってた考えがわかって、Aさんも安心、先生も納得できて、無事に義歯作成をしていくことになったけど、本当に思い込みとか誤解って怖い。

 

コミュニケーションをちゃんと交わすことは本当に大事だな。

最近、そういうことが立て続いている。