子どもと暮らす日々のブログ

病院で働きながら子どもと生活する日々を書いています。

仕事にやりがいがあるか。

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患者さんの家族が急にやってきて、「今、ここで特養(特別養護老人ホーム)の申込書を書いてほしい」と言う。

もちろん断る理由はない。

入院も数週間たっている人だし状況も把握しているから「いいですよ。少しだけ時間くださいね」と言って意見書欄を書いていた(その方の住まいの地域の申込用紙にはMSWやらケアマネやらの意見書欄があるため)。

 

まあ、その間ご家族のおしゃべりの止まらないこと、止まらないこと...。内容も別に病気とか入院とか生活に関係ない、幕末から明治の話。

鴎外がいいだの、私は漱石だの、と。

個人的にはものすごく好きな話題!!

目を輝かせて文芸論をしていきたいと思いつつも、意見書を書きながらだから気もそぞろ。聖徳太子の気持ちになって手を動かしたり話に乗っかってみたり。

結論的には患者さん家族と私と、やや好みは違ったもののそれはそれで楽しい時間だった。そのご家族に、「あなたこの仕事はやっぱりやりがいあるの?」と聞かれた。

 

どんな仕事もそうだと思うけど改めて「やりがいがあるか」と他人に聞かれると「やりがいとは」とか「自分はこのしごとにやりがいあったっけ?」とか逡巡してしまうと思う。

私もなんと答えようかと迷ったけど、「そうですね。やりがいはありますね」と返答した。この仕事のやりがいの近さは、新聞記者時代に自分でテーマ(ネタ)を見つけて取材対象にアポとって取材していたやりがいと似ている。

取材にしても、「これを伝えたい」という思いで始めているし、ソーシャルワーカーの仕事も相手のことを分析したり最適・最善を考えて話を聴いたり話たりするのは少しだけ似ている。新聞記者と言っても、業界紙の小さな小さな新聞だったからこそ、世の中の情勢にも左右されず、マスメディアでもないから自分なりの問題意識で働けていたというのも大きいのだろうけども。

 

そんなことを考えながら、今の仕事を見つめ直すと日々、仕事の中で「ああ良かったな」と思うことがいくつもある。

IT企業にいた時代もあったけど、対人のしごとというのはやりがいを得やすいというか体感しやすいという側面もあるのかもしれない。

本当に誰かの助けになれたときも嬉しいけれど、想像を超えて「こんなところで近代論?」とか「文芸論?」とかはたまた「哲学!」とか話せると、個人的には仕事を超えてすごく嬉しくなってしまう。

いろんな人に出会うから、毎日楽しい。