子どもと暮らす日々のブログ

病院で働きながら子どもと生活する日々を書いています。

結婚の幸不幸

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秋篠宮家の眞子さまがご結婚するという。

このニュース、数年前の婚約会見からずいぶん時間がたってどうなるかなぁなんてうすぼんやりと考えていた。

個人的には良いも悪いもなくて、最初に受けた印象は「ほかのどの皇族よりも自然体で、まさしく現代っぽい。大学で出会って結婚する、なんてすごく普通っぽくていいね」というものだった。

 

その印象は今も大きく変わらない。

小室さんて人のことは知らないけれど、普通に遊んだし普通にモテたし、すべて「多くの大学生が通った道」を通った、どこにでもいる青年なのだろうと思った。

その後、会社をやめたり米国に留学したりというのは、結婚準備のためなのかそれ以外の目標のためなのかなど知らないけど、カップルの形もいろいろ。

とにかく2人の形を調えていければいいのではないか、と思っていた。

 

ところが世の中の多くの人(かはわからないけど)、ネット民たちの非難は次々と溢れていた。眞子さまが心を病んでしまったのも「そりゃそうだよね」と思った。その話が出るまでは「こんなもの見てないだろう」くらいにしか思ってなかったけどきっと目にする機会があったのだろう。

嫌な思いをしたんだろうなと思う。

悪口って無責任。なのに人の心を踏みにじっていくんだよね。そんな人を傷つける赤の他人よりも信頼できる、身近な小室さんに一層思いを寄せたのであればそれもそうだよねと思った。

 

親切ごかしか、老婆心か知らないけど「この結婚だけはだめだ」という人の意見を散見する。

そりゃ客観的にそうなのかもしれない、その人の視点にたてば。

だけど眞子さんは眞子さん。他人の視点で結婚を見たりしたりするわけではないだろう。それでいいんじゃないか、と思う。

結婚に失敗したからって人生に失敗というわけでもないし、結婚の成功も失敗も永遠にわからないことなんだから。

私も離婚経験があって、結婚自体はうまくいかなかったけど結婚してよかったのは世の中には話の通じない人もいるってことを身にしみて知ったこと。子どもたちも結婚してなかったら生まれることはなかっただろう。

うまくいかないことからも学べることはあるし、そこで得たものもある。

 

眞子さんと小室さんがこの先ずっとずっと仲良しかも知れないしやっぱりそんなに長くは一緒に居られないかもしれない。そんなことは誰にもわからない。

幸不幸もだれもジャッジできない。その時どきの自分たちの心の感じ方、あり方でもずいぶんと幸不幸の尺度は変わっていく。

 

うまく行かなかったときにも帰れる場所はある。それはふたりとも用意されている。

好きで結婚したけどやっぱり違った。

そういうことを許容してくれる社会があって、人は初めて新しい一歩を踏み出せる。小さい子が歩き始めるときと同じ。一歩目うまくいって二歩目でつまずいても、助けて抱き起こしてくれて励ましてくれる人がいるから、また次に立ち上がれる。

人生ってそういうことの繰り返しなんだと思うけどな。

 

安全圏から非難ばっかりしている赤の他人の言動を見ていると、嫌な気分になるのは、眞子さんと他人の私も同じ。

 

結婚するってきいたら「おめでとう」。それだけで十分でしょ。