いつでも微笑みを
年の瀬となる12月に入って、舞台俳優がホテルの部屋から転落死したというニュースが流れてきた。
日曜日の朝のニュース番組の速報で見たと思う。誤報かと思っていた。
若い頃は、両親も芸能人だから芸能人になったのかな、くらいにしか思ってなかったけど、ここ数年は「舞台俳優になるために生まれてきたんだな」という印象を勝手に抱いていた。実際に、舞台の映像を見る限りで本当にキラキラしていたし、歌う姿も声も圧巻だった。
テレビとか映画じゃなく、舞台の人なんだな。
そういう感じ。彼女としての核が、芯がしっかりあって肝がすわってる感じすらもしていた。
転落死のニュースが流れる前日、たまたまいつものように彼女の父親が出ている旅番組を見ていた。
旅はめったにしないけど旅番組は好きだし、なんとなく毎週見ている。
いつもどおりに笑顔で、いつもどおりの番組進行だった。でもまさかその日に、子どもが命を落とすなんて。あの番組に出ている人も、見ていた人も誰も思いもよらなかっただろう。
あまりにも衝撃が大きくて、ここ半月、そのニュースのことをたびたび思い出していた。
どうして舞台公演のまだ途中だったのに亡くなってしまったんだろう。
死ぬことの先にあるのはなんだろうか。
遺された人にとっては生涯消えない悲しみや苦しみがあるなぁ。
そんなことを思っていたとき、ふと、ミスチルの「いつでも微笑みを」を聴いた。
「いつでも微笑みを そんな歌が昔あったような
悲劇の真ん中じゃ その歌は意味をなくしてしまうかな」
「もし僕がこの世から 巣立って逝っても
きみの中で僕は生き続けるだろう そう思えばなんとか やっていけそうだよ
そう だからいつも いつでも微笑みを...」
私など直接お会いしたこともなく、テレビ越しにしか知らない人なのにこんなにも衝撃を受けるのだから、そばで見ていた人、彼女を大事に思っていた人はどれだけの深い悲しみの中にあるだろうかと思う。
それを思うのだけど、思い出す思い出や一緒にいたいと思うものはきっと楽しいものやうれしいもの、面白いものなんだろうと思う。
命をなくした悲しみと、一緒に過ごした思い出の輝きと。
人が生きていくことの中には、誰かの死を受け止めながらそれも一緒になって生きていくという側面がある。
つらくてかなしいこともあって、微笑みなんて意味をなくしてしまうのだろうけど。
年の瀬に、つらいニュースがあったけど、彼女の生きてきた足跡はどれも本当に美しかった。
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