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子どもと暮らす日々のブログ

IT企業で働きながら子どもと夫と生活する日々を書いています。どうせなら人に役立つことも書ければと思います。

ベビーカーで出かける時に見える世界

ここ1年は、仕事があるから平日の昼間にベビーカーを押して出歩くこともないのですが、私の性格上、病気の時以外は365日で歩いていたいタチなので、子どもをベビーカーに乗せて出かけることもしょっちゅうあります。

 

その時に常々感じていることがあったのですが、最近読んだ記事の中でハラオチしたものがありました。


ベビーカー論争をみていると日本のマネージメントの問題が良くわかる件|世界のどこでも生きられる|May_Roma|cakes(ケイクス)

 

で、先日news23を見ていたら(何年ぶりに見たかな、というタイミング)で、ベビーカー問題、マタハラ問題を取り上げていました。

 

つわりや育休、産休制度のこともそうですが、当事者にとっては神経の張ることでも、そうじゃなければ知っていても「ソフトバンクホークスって昔はダイエーだったよね。その前は何だったっけ?」という他愛もない話のレベルとたいして変わらないものだなとつくづく思います。

 

マタハラについては今日は詳しく書かないですが、以前、マタハラ訴訟で最高裁弁論 妊娠理由に違法な降格

というニュースがありました。夫は「妊婦さん側も思い込みすぎてるんじゃないか」とまるで他人事のような発言をしていました。

 

私は平社員なのでこれ以上、身分が下がりようのない立場ですが、それでも他人事には思えないニュースでした。

 

夫婦間でこの手のニュースに対する関心度の温度差はかなりあるものだなと思います。

 

ベビーカーのこと

出かけるのが大好きなので近所のスーパーに行くだけの時もありますが、たいてい電車に乗って出かけます。

そうすると土曜日の昼間だというのに、土曜日の昼間だからか、電車の間隔も開くせいか通勤電車のように混んでいます。しかも、もう先客(すでにベビーカー族がいっぱい)いて乗りにくいということもあります。

 

まあ、そこは鬼の心で乗るのですが本当に申し訳ないです。何が申し訳ないかというと、ベビーカーってどんなに小さくても子ども1人分よりもだいぶ大きな面積をとるんです(ご存知の通り)。

 

で、日本人の多くは混んだ電車でも絶妙のポジショニングをして誰にもぶつからず、足も踏まずにカバンを抱えて乗るスキルがあるにもかかわらず、このベビーカーはそれを度外視した設計で、そのポジショニングを崩すんですよね。

 

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汚い図ですが、観察してるとこんな感じでわりと互い違いになって電車に乗ってます。満員電車でも。

 

ところが、ベビーカーが来るとそうはいかないのです。

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オレンジの枠がベビーカー

 

なんかもう、周りの人たちがどこにたったらいいか分からなくなってきちゃったという感じで乗り降りのたびにベビーカーが邪魔になってしまいます。それはどんなに避けても「あー、すごく私は邪魔をしている」という気持ちになります。

 

この「邪魔だな」という周囲の思いと「邪魔をしている」という当事者の気持ちがぶつかりあうから精神論とか倫理観でどうにかしようとするのですが、 めいろまさんの記事のとおり、マネジメントの問題でもあると思います。

 

車内アナウンスで「妊娠中、小さいお子様をお連れの方には席をお譲りください。ご協力をお願い致します」というのが、まいどまいど言われていますが、ご協力という「善意」に訴えかけてる時点で、精神論とか倫理観でどうにかしようとしている気がしてしまいます。

 

普通に乗っている人とベビーカー持ちで乗っている人、双方にとっていいのは空間的ゆとりが確保されていることだと思います。

ベビーカーや車いす用のスペースをもっと作るとか。

あと、世の中にはいろいろな人がおり「袖振り合うも他生の縁」ということで、たとえ数駅でもお互いイヤな気分にならないように、いちいちびっくりしないことも大事かなと思います。

 

ベビーカーを持つ人、車いすの人、外国人、杖をついている人、本当にいろんな人がいますが、「いるのは分かってるけどフリーズしちゃう」という人が多いなぁと思います。

仕方ない部分もありつつ、いろいろな人が生きてる社会で自分も生きてることを経験的に知っていくことも大事だと思った次第です。

 

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