子どもと暮らす日々のブログ

病院で働きながら子どもと生活する日々を書いています。

自分を知ること。

 自分を知ることがすごく遅かったなと日々思う。

職業を意識した学校選択は残念ながら(?)10代の頃には全くできず、大好きだった勉強をしていける場所を探して大学受験をした。というのは少し嘘で、行きたい大学があって、そこで学びたい勉強もあったから絶対に、末席でもいいから入ってやるという気合で入学した大学だった。

 

だから、大学入学で大きな目標を成し遂げて、もう人生は余白しか残ってない、位の気持ちでいた。

実際に余白のように腑抜けになってしまったのも否めない。

その後、なんとか就職はしたし結構長く働いたものの、「なんかもっとちゃんとビジネスとか経営とか考えないとだめ!」と思って、働いていた組織を出た。

IT企業で働いてたときに、後学のためにと勉強してた社会福祉士の資格が取れて、今の仕事に就いたわけだけど、今思えばただただ回り道。

 

ビジネスも経営も、考えて自分のアウトプットを出すことは大事。だけど、その企業ごとに求められるアウトプットの質もスピード感も違うし、子どもがいる中で出し切れる人もいるだろうけど、私はそんなに賢くもないからいっぱい努力しないと追いつけない。

そう思うと、ビジネスの世界も少々息苦しいなと思っていた。

そのときに就くことになった今の職。

もう少し早く出会えていればなと思った。そもそも「社会正義のために働きたい」みたいなものすごく遠く高い理想が自分の中にあって、今の仕事はそんなだいそれたものではないものの、やっぱり近い場所にはあると思えるような立ち位置だ。

 

かといって採算度外視でもないし、ちゃんと経営を考えながらも利他的な行動指針で働くことになる。

もう少し早くこの仕事に出会っていたらなと思うのは、自分のそうした価値観とか志向性に合致するから。

若い頃はわかっていても、福祉なんて...と思っていたし、医療は理系とかおもっていたし、本当に世界が狭かった。いろんな反省とともに仕事をしている。

パーマン

私が小さい頃に見ていたアニメと言えば、キャンディ・キャンディ。そしてパーマンが最も小さい頃の記憶だ。

キャンディ・キャンディは正直怖くてあんまり好きじゃなかったけど、姉が大好きだったから2-3歳の頃だったと思うけど、なんとなく一緒に見ていた。

パーマンは幼稚園の頃だったと思う。

藤子不二雄のアニメの中ではダントツ好きで、パーマンになりたいと願っていたくらいだ。私の分身の人形もほしいし、空も飛びたいし、ヘルメットみたいなやつをかぶれば自分がパーマンだと知られずに人助けもできて、超かっこよかった。

 

そのパーマンが今、Amazonで見られる。

というわけで、子どもに「パーマンはどう?」と勧めたところ、娘も息子も大ハマリ。

今どきのアニメは作り込まれていて大人も楽しめるけど、ちょっと複雑だったり、戦いのシーンが結構おどろおどろしかったり、とくに息子はプリキュアでも「怖い」というくらいなので、パーマンくらいが丁度いいらしい。

細かく見ていけば「女なんだからご飯くらい炊けるでしょ」とか「男なのにメソメソして」とか、今どきには考えられないようなジェンダーの価値観が盛り込まれているけど、そこは昔のアニメだから...と割り切って楽しんでいる。

 

あのオープニングテーマが仕事中にも急に頭をよぎって元気になれる。思ったよりもずっと素人っぽい歌声で歌われていて、娘が「私は歌がうまいんだ」と言いながら、パーマンの歌を一緒に歌っている。

確かに、主題歌を歌っている人に比べれば大差ない歌声だし、そう思うと「うまい」のかもね。

 

ドラえもんとかも嫌いじゃないけど、パーマンとかおばQとか平和で好きだった。大人になったときにインターネットがあってよもやそれでパーマンが見られる時代が来るとは、幼少期の私は予想もしてなかったけど、こんな形で再会できるなんていい時代になったな。