子どもと暮らす日々のブログ

病院で働きながら子どもと生活する日々を書いています。

一重とか二重とか。

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電車に乗っていると美容クリニックの広告をよく目にする。○南美容外科とか。

で、ちょっと違和感があって一駅じっくり眺めていた広告があった。それが下記のこれ。

 

 

明らかに高校の制服っぽい着た人がモデルの広告。

二重術39,000円という高額な整形手術。そもそも、整形自体個人的にあまりいいと思っていない。だからこういう広告って目に入ってもじっくり見ないことのほうが多い。

 

だけど、モデルが高校生風ということもあってあれこれと考えていた。

高校生相手の客商売でずいぶん高額請求するんだな、実際に高校生はそう思ってなくてもこういう広告を見ると変に目を意識するかもしれなくてそれを狙ってるのかな、ということなど。

それに未だに一重とか二重とかそんなことが重大問題になる時代だったっけ?というのも意外。広告って人の関心や価値観の半歩一歩先を行くもんじゃないっけ?日本も随分廃れたよね、古い悪しき価値観が(ルッキズムという)復古してんのか??などなど、疑念も思い起こしたり。

 

それこそ、お目々パッチリの母が、姉を生んだ時にお目々パッチリだったのに、私は一重のぼんやりした目元で「この子はずっと一重なのかしら」と心配したという。はるか40年前の話。

その頃の母の不安は杞憂で、優しげな一重の父の目は誰も継ぐことなく、どっちかというと目力に溢れた私が、今いる。

 

娘が生まれたとき、羊水を飲んじゃってむくんでたこともあっただろうけど、それをさしひいても一重の女の子だった。でもその顔はとても可愛くて、私は母のように心配などしなかった。一重とか二重とか、どっちだってこの子は可愛いから。

息子がぱっちり二重で、赤ちゃん期から今に至るまでクリクリとしているけどそれもそれで可愛い。

要するにどんな目元でも可愛い。

そろそろ、目元の大きさを可愛さの基準にするような価値観から脱却したら良いと思う。

広告を見てそんなことを考えさせられた。