子どもと暮らす日々のブログ

病院で働きながら子どもと生活する日々を書いています。

SNSの新しいプラットフォームは生まれるか。

すごいまた、堅いタイトル。

しかもユーザーとしての感覚と思い込みで書くのでSEさんたちは(そもそも読んでもないだろうが)読まない方がいいかも。

今日、Twitterを見ていたら、モーリーさんの真剣なツイートが拡散されていた。

 

思わずRetweetした。

 

Windows95世代ではないので、昔のプラフォは知らないし、せいぜいmixiとかそういえばやってたとか、大学時代に病んでた頃ひたすら同じ病気の人のブログを読みあさって自己満足とか自己肯定とか重ねてた。

燃料的にブログを読みあさって、でも自分では特段アウトプットもせず大学時代をのうのうと生きていた。

その後、2010年にFacebookを始めて、2011年にLINEを始めて2012年にインスタを始めてTwitterを2014年に始めたと記憶している。

Twitterだけ遅かったけど、スマホを持った2010年以降にソフトウェアのレビューサイトで働いてたこともあって、ガンガンとSNSに触れていた。

カカオトークとかも見てたしWeChatなんかもアカウントこそ持っていないけど動作確認くらいはしたことがあった。

 

それはいいとして。あまりその時の経験も生きてないまま、ただただ上手く使いこなせないユーザーとしてSNSと付き合っている。

 

最近はTwitterが一番手近でインスタントに情報が入るので、つい見てしまう。

Instagramも嫌いではないけど、そもそもフォトジェニックだったりartyな写真は撮れないし、撮る行為自体がもうだいぶ労力のいる作業で、この夏ほとんど写真を撮ってない。

なのでついつい見る専門で週に何度見るかな〜??という感じだ。

Facebookに至ってはみんなのステータス更新のたびに通知がきて、結婚したんだ!転職したんだ!!みたいな驚きやビジネスつながりの人たちの動向確認で利用していることが多い。

 

SNSは飽和状態でtiktokみたいなよりインスタントなものがトレンドとされている現在。だけどまた逆コース時代が来るのではないか??という密かな予感がある。

 

Facebookみたいにリッチコンテンツっていうのかな?PCで見るのが一番見やすいSNSはそれなりにユーザーの需要もあると思うけど、もう少しダウングレードしつつも(コンテンツ的に)Twitterみたいに140字で説明せよ。ともならず、かと言ってブログをうんとこしょ、と立ち上げずとも主義主張が言えて、尚且つ同じような考えの人と繋がれるような。

そういうSNSって広がっていくのかな〜と思ったりしている。noteなんかもそれに近いというかブログのような意見表明のような、みんなすごく素晴らしい着眼点や問題意識や想いを言葉にまとめている。

日本人の文章能力の高さにすげぇ...と感服する。

 

ただ、記事を書く手軽さという点でいくとTwitterは極端に手軽だし、noteはきっとそこそこにエネルギーがいるし、なんていうかその中間くらいでなおかついわゆる「クソリプ」だとかなんかそういうあくどさのないSNSってないものかな?と思ったりしている。

別に批判がをするなという話ではない。だけど、Twitterユーザーの中にはリンチ的に誰かを追い詰めていく言動を発する人とか、なんていうか言葉遣いにしても態度やマナーみたいなものにしても、匿名性に隠れてびっくりするような言い方をしているものを見かけると本当にゲンナリしてしまう。

 

そろそろそうしたSNSに疲れを覚えた人たちが、新しいプラフォを求めているのではないか??

なんて急に夢想した。