冬といえば受験。
冬になると、受験を思い出す。
大人になってからの資格試験も大学受験もだいたい冬。
人生で一番勉強したのは18-20歳だったけど、それはひとえに行きたい大学に受かりたかったから。あんなにも暗示にかかってた日々はない。
あのとき、まだ20歳にもなってなかったけど「人生」とか「一生」って言葉をこの身に背負っているような重い覚悟をしていた。
これで受からないなら一生後悔する。
落ちたら死ぬ。
ほぼ呪いともいえる言葉に押しつぶされそうになりながら勉強してたなぁ。
四当五落なんて今は言わないのかしら。あの頃はそんなことを言う先生もいた。さすがに4時間じゃ足りないからもう少し寝てたけど。
底辺からのスタートだったせいもあって、(目指す地点と現地の乖離がすさまじい)本当に受験勉強で成績が上がり始めたのは2回め(!)の浪人の夏過ぎた頃だった。もうその時点で、多浪生は落とされるという、誰も言わないけどそんな気がするという恐怖心しかなかったし、東大を目指さなければいけない、という意味のわからない自己暗示をしていた。東大は目指してなかったんだけど、東大生の滑り止め校かなって思って。
だから、成績が上がったくらいで喜べず、焦燥感ばかりあった。
行き帰りの電車は日本史の時間、塾では英語をひたすら。
小論文はまあ、書かなくても書けるかなと思いながら、時々先生に見てもらったり。
もう二度と戻りたくない。
ああいやだいやだ。冬になるとあの頃の重苦しい感じを思い出す。
ついでに後日談としては、大学受かってから体を壊してほとんど大学時代を楽しく過ごせなかった。
あんなに勉強したはずだったけど、大学に入ってしまえばみんなものすごく頭が良くて、当たり前になんでもこなせて。
でもそういう人たちに囲まれて4年間過ごせたことは今の自分を作っている気がする。
今の仕事にもほぼ役立たず、人生の役にはたってないのかもしれないけど、頭の回転が恐ろしく遅い私にも優しくしてくれる友達にも何人も出会えたし、本当に頭がよい人ってこういう人なんだなって人たちを見ることができたから、自分がそういう圧倒的な人になれないことにはなんのためらいもないというか。
嫉妬?なにそれ?同じ立場になってから言う言葉よね、と思っている。
ただ学ぶしかない身で、それは今も同じだな。
冬の受験は重苦しい思い出しかないけど、人生やり直せると言われても、また母校を目指すような気がする。ただし、中学時代くらいから真面目に目指したい。
冬の受験の感じさえなければ。