子どもと暮らす日々のブログ

病院で働きながら子どもと生活する日々を書いています。

子どもの友達と子どもを通して出会う親。

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息子を保育園にお迎えに行った。普段より10分程度早く行けたおかげで、ちょうど帰り支度をして帰る子どもたちが何人かいた。

その中に、息子の口からよく名前が出る子も一緒で、「一緒に帰ろう」というどちらからともない誘いで、一緒に帰ることになった。

2歳児以前から過ごしていた友達の顔と名前は一致するものの、ここ1−2年で入園してきた友達の名前も顔も一致してなくて、親の顔はさらにわからず、「はじめまして」だった。

 

親御さんの温度感も忙しさもいろいろわからず、子どもたちは子どもたちですっかり仲良しが仕上がっているから結託して近くの公園まで走って遊びに行ってしまった。

夕方もいい時間だし「帰ろうよ」と何回となく声をかけてようやく帰る体制になったものの、今度はお友達のほうが名残惜しいようで私たちの帰る方向へと一緒に帰ろうとしてお母さんの抱っこも制止も振り切ってついてくる。

 

どうしたら良いのだろう...

明日も遊ぼうね。お家に帰ろうね、と声をかけたものの、「一緒に帰る」の一点張り。お母さんも困りきっていて、どうしてあげたらいいのかわからず、「じゃあそこまで一緒に帰ろうよ」とお友達のお家方向に行こうと進んだ1メートル先のこと。息子が保育園の道に向かって猛ダッシュ

お友達も息子を追いかけ猛ダッシュ

 

あ〜何の意味もなかった。来た道を行くだけ。少しでも前にすすめるようにと思ってしたことなのに振り出しに戻ってしまって、「こんなつもりじゃなかった」という感が強い。

 

初めてあったお母さんだし、こういう時に「余計なお世話」と思われたか、何も思われてないか、判断が難しいところ。

会う機会もそうそうないし、話すチャンスなんて皆無。保護者会も2年やってないし、この先話したり会う機会はできるかもわからない。

 

そういえば、先日、娘の友だちのスマホと自宅の鍵が公園に忘れられていて、危ないな、と思って自宅まで届けたことがあった。

夕方遅くに人の自宅に行くし、本当は学校に届けたかったけど学校はもう先生たちがいない感じだったし...と逡巡していた。

勇気を振り絞って「いつも娘がお世話になっています。○ちゃんのスマホが公園にあって...」と状況を伝えたものの「あ、どうも」と言われてそれきりだった。

 

私など過剰に平身低頭してしまうので、少し拍子抜けしたのと、みんなこんなものなのかもという思いと、いろいろな気持ちになったけど、本当はあれこれと考えず気楽に生きてるのかな。

気楽に生きられず、なんだか細かいことを考えすぎるから、子どもを介して誰かと仲良くなることのハードルは高いなと思う。

 

まあ、すごく悪いことをしたわけでなし、親切心からやったこと。大きなお世話だったとしてもつべこべ考えず寝るしかない。