子どもと暮らす日々のブログ

病院で働きながら子どもと生活する日々を書いています。

仕事のプライドとは。

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この冬、若年の患者さんを担当することになった。まだ若くて、キーパーソン(病院からの連絡を受けたり、決定事項に携わる人)は両親だ。

彼のように若い人が不運にも病気を患い、長らく入院生活を強いられるということは稀にあって、親御さんからしたら「うちの子に限って」と悪い夢をずっと見ているようだし、本人からしても「どうしてこんなに事になってしまったのか」となかなか受け入れがたく、もがく。

 

事故なら「あのとき事故に巻き込まれたから」とわかりやすいし外傷もあるから「ここが痛くて、ここが折れていて」とわかりやすくもある。

それが病気となると因果関係は不明だ。ましてや健康診断では何の問題もなかったのならなおさら。

 

そんな患者さんが、うちの病院に入院してきてから、とにかく腹痛と体のしびれとで苦しめられていた。ほとんどしびれは痛みに近くて全然動かせないという。

ずっとずっと医師にそのことを訴えていたけど「それはもう頭の異常信号であって本当にお腹が痛かったりしびれたりしてるのとは違う」と先生は繰り返し説明していた。最終的には「そんなに言うなら、この病院にはもうこれ以上は入院できなからね」と彼に言い聞かせていた。

彼も負けじと「だけど俺は実際につらいんだよ。どうして否定するんだよ」と反論していた。

先生の言い分もわからなくもない反面、彼の気持ちもわかる。だってきっと彼の感覚では痛いし、しびれてる。

私と会うと、にっこり手を上げて挨拶をしてくれるけれど、看護師さんには「ずっとこのしびれは続くのか」「痛くてご飯も食べたくない」と弱音を吐いている様子。

 

そんな日々がずっと続いている。

ある日、普段は見ていない先生がたまたま当直をしていて診てくれる機会があった。その時に先生がその患者さんにこんな話をしたらしい。

「そのしびれの原因はおそらくここ。腹痛はこっちの理由だよ」と。

彼からは「主治医からそんなこと聴いてない」とその先生に反論もしたようだけど、「専門の僕から診たら、こういうことが言えるんだよ」と。

そして、心配しているご両親にも電話で「彼の不調の原因はこういうことなので、こちらで治療続けていきますね。何かあったらまたご相談ください。主治医の先生にも僕から話しておきます」と伝えてくれたらしい。

 

医師の言うことに反発したり反論するとムキになってしまうドクターは少なくない。普段はどんなに温厚でも、「でも先生、痛いんです」「寒いんです」「苦しいんです」というとすぐに「気のせい」としてしまう先生。

たまたま診てくれた当直医は、患者さんの言葉を受け止めて、画像診察もして、本人に詳しく説明して、何度反発されても最後まで丁寧に話すということをきっとやめなかった。

先生の姿勢を間接的に(カルテで)見て、「私もこういう人でいたい」と思った。

自分の見立てや自分の思いなど、所詮どうでも良いというか患者さんには知ったこっちゃない。

大事なのは、患者さんの吐き出すものを受け止めつつ本質的なことを掴んでいくこと。

たまたま通りかかった当直医は普段から人の心を掴むのが上手な先生ではあるけれど、まさか日頃診察していない患者さんの「今」を診て必要な言葉を彼にかけてくれるとはね。

 

医師って病気を診ることも仕事だけど同時に心を診ていくことも仕事なんだろうな。できる先生が実はそう多くないというのも事実だけど。

その先生を見ていると、医師としての矜持は感じるけど変なプライドはない。患者さんに食って掛かられようが「わかったわかった。あんたの言うことはそのとおりだね」って言うし、家族への気配りも忘れていない。

 

誰でもできることじゃない。だから外来はいつも混んでいるし、信頼される。実際に病気を治すし、治療を放棄しない。

 

主治医じゃないのに本当にすごいな。

私も不要なプライドはどんどん捨てていこうと思ったし、大事なのは「専門職としての矜持」であって、それを表に出して見せびらかすものでもなく、患者さん(目の前の人)が助かっていくために真剣に向き合って、受け止めていく強さなんだろうなと思った。

まだまだ私は先生の足元にも及ばない。だけどこうして尊敬できる先生がいるってありがたいこと。